こんにちは、皆さん!
ゴールデンウイークのシーズンが到来し、旅行の計画を立てお出かけされた方も多いことでしょう。
今回は、滋賀県にある安土城と信長の館を訪れ、歴史の舞台に足を踏み入れる特別な旅をご紹介します。
安土城について
まずは、安土城についてご紹介します。
安土城は、戦国時代の武将、織田信長の居城として知られています。城は琵琶湖の湖畔に位置し、壮大な姿と美しい景観が魅力です。
天正4年(1576年)から織田信長が約3年の歳月をかけて完成しました。安土・桃山時代の幕開けとして築城されましたが、織田信長が倒れた本能寺の変後、焼失して石垣だけが残っています。
安土山の南側には、堀が巡っていて往時の名残りを留めています。天主跡と本丸跡には礎石が、また二の丸跡には、豊臣秀吉が建立した織田信長廟が残っています。
天主閣跡から東へ少し下った黒金門跡(くろがねもんあと)付近には、壮大な石垣もあります。また、山の中腹には家臣団屋敷跡があり、山の尾根づたいに北へ行くと八角平や薬師平があります。
城山の中心部への通路は、南正面から入る大手道のほかに、東門道、百々橋口道、搦手道などがあります。
天主の外面は各層が朱色・青色・あるいは白色、そして最上層は金色だったといいます。
内部は、狩野永徳が描いた墨絵で飾られた部屋や、金碧極彩色で仕上げた部屋などがあり、当時の日本最高の技術と芸術の粋を集大成して造られたといわれています。
わが国最初の本格的な天主の建築は、この安土城が始まりとされ、歴史上に名を残す名城跡です。
また、天主跡からの景色は絶景であり、琵琶湖を見渡せるのも魅力の一つです。
安土城天主の概要
安土城の天主については『信長公記』(太田和泉守著)に以下のように記されています。
一方、安土山の普請はこの間にも着々と進められていた。
このうち天主の造りは以下のごとくになっていた。一重
石垣の高さ十二間余。石垣の内は土蔵として使用。天主はこれを一重目と数えて全七重からなる。二重
石垣上に広さ南北二十間、東西十六間半余り。柱数は二百四本。本柱は長さ八間、太さ一尺五寸・六寸四方木と一尺三寸四方木を用いる。座敷内の柱はことごとく布で飾り黒漆を塗る。
西側十二畳敷の間は狩野永徳の描いた梅の墨絵で飾り、絵の上下にはすべて金の装飾を施す。間内には付書院が設けられ、そこには遠寺晩鐘の風景画が描かれて前に盆山が置かれた。次室の四畳敷には棚に鳩の絵。その向こうの十二畳敷には鵞鳥の絵が描かれたため、この間は鵞の間と呼ばれた。十二畳敷の次の間は八畳敷、奥の間は四畳敷で、四畳敷の間には雉の子を愛でる図柄の絵が描かれた。
南側には唐の儒者の襖絵を飾った十二畳敷の間があり、これに八畳敷が続いた。
東側は十二畳敷の間に三畳敷、八畳敷の間が続き、この八畳敷が御膳拵えの間として使われた。八畳敷の隣にはもうひとつ八畳敷の間があり、こちらも同じく御膳の間に使われた。その向こうには六畳敷の間が二つ続いており、納戸として使用された。二つの部屋はいずれも金絵で装飾されていた。
- 北には土蔵があり、その隣の座敷は二六畳敷の納戸となる。二六畳敷の西側には六畳敷・十畳敷・同じく十畳敷・十二畳敷の間が続き、いずれも納戸として使われた。納戸の数は合わせて七つ。また階下には金燈籠が置かれた。三重
十二畳敷の間を花鳥の絵で飾る。これをもって花鳥の間と呼ぶ。一段上がって四畳敷の御座の間があり、同じく花鳥の絵を描く。
南は八畳敷の間があり、賢人の絵と瓢箪より駒の画題の絵で飾る。
東には麝香の間と呼ばれる八畳敷の間と十二畳敷が御門の上に位置する。次室の八畳敷には呂洞賓という仙人と「ふゑつ」の説話を題材にした絵が描かれた。
北は二十畳敷の間に駒の牧場の絵を飾る。隣には十二畳敷が続き、西王母④の図が描かれる。
西側には絵はなく縁二段の広縁となる。このほか二四畳敷の納戸があり、納戸の口には八畳敷の座敷が位置する。柱数は一四六本。四重
西側十二間の板間に岩に木々色々の絵を描き、岩の間と呼ぶ。同じく西側の八畳敷には龍虎争闘の図。
南側十二間の板間に色々竹を描いて竹の間となす。次室十二間の板間には松ばかりを描き、こちらは松の間と名付ける。
東の八畳敷には桐に鳳凰の絵。次の八畳敷には「許由耳を洗えば巣父牛を牽いて帰る」の故事を、許由・巣父両人の出た故郷を背景に描く。その向こうの七畳敷の小座敷には絵は描かれず、金泥のみで装飾された。
北にも十二畳敷。ここには絵はなし。次室は同じく十二畳敷で、室内西二間のところに手鞠桜の図が描かれた。続く八畳敷の間は庭籠に入った鷹の子を描いた風景画で飾られたため、御鷹の間と呼ばれた。柱数は九十三本。五重
絵はなし。南北の破風口にそれぞれ四畳半の座敷があった。ここは小屋の段といった。六重
四間の八角堂となる。外柱は朱で塗り、内柱はすべて金で装飾された。内部は釈門十大御弟子や釈尊成道御説法などの仏絵で飾り、縁には餓鬼や鬼の図が描かれた。縁輪の鰭板には鯱や飛龍を描き、高欄には擬宝珠の彫物が飾られた。七重
三間四方。座敷内は皆金で、外側もすべて金。四方の内柱には昇り龍・降り龍、天井には天人御影向図を描く。座敷内は三皇・五帝・孔門十哲・商山四皓・七賢などの絵が描かれ、十二個の火打ち金と宝鐸で飾られた。狭間戸は鉄製で数は六十ほどもあり、すべて黒漆で塗り上げられていた。柱は座敷の内も外も漆と布で飾られ、その上に黒漆が重ねて塗られた。最上層の金具類は後藤平四郎の手によるもので、京及び周辺の職工たちが手を尽くして細工した。二層目以下には京の躰阿弥の金具が用いられた。築造にあたったのは大工の岡部又右衛門、塗師頭の刑部、白金屋の大工宮西遊左衛門で、瓦は唐人の一観の指導に基づいて奈良衆が焼いた。普請奉行は木村二郎左衛門がつとめた。
http://home.att.ne.jp/sky/kakiti/shincho12.html
信長の館
次に、信長の館を訪れましょう。
信長の館は、織田信長が築いた天主の5・6層目が復元され、展示されている施設です。
安土城からは、車ですぐのところ、自転車では10分以内、歩いても20分以内で到着できる場所にあります。
ゴールデンウイーク期間中に訪れた為か、15分の映像を見ることができました。安土城をCGを駆使して再現したショートフィルムでした。
まとめ
安土城と信長の館を訪れた後は、近くの観光スポットや美味しい飲食店も巡ることをおすすめします。例えば、近くにある琵琶湖では、水上バイクやカヌーを楽しむことができます。また、地元の名物料理やお土産も堪能してみてください。
次の連休や、お休みの日に訪れてみてはいかがでしょうか?
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